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音楽

2012年2月18日 (土)

ながら聞き/ヒルデガルトと被災地/作曲家一覧

雨漏りの修理屋のブログ

パソコンの前では常に音楽を鳴らしています、何かしながらの「ながら聞き」です。

折しも石巻へ出張のため書類を作りながら、ラジオ(らじる★らじる)を聴いてます。

ビバ!合唱」で「ヒルデガルト・フォン・ビンゲン」の作品を取り上げていますが、

知らない作曲家です。

何気なく聴いていたのですが、思わず手を止めて聞き入りました。

日頃、ながら聞きですから聞き流してしまうことが多いのですが、

時折このように聞きいってしまうことがあります。これが「ながら聞き」の効用です。

気が付くと20分ほど経過し、今更録音しても中途半端です。

ネットをみると、アマゾンにありました、急いで購入の手続きをします。

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翌日、石巻に3日ほど出張、仕事の合間に時間がとれたので、被災地を見てきました。

石巻駅の南方面、海岸沿いの被災地です。

うず高く積まれた瓦礫、流された自動車の山、誰も住んでいないアパート、

立ち竦んでいるような寺院と散乱している墓石、黒く煤けた学校、破壊されポツンと佇む

誰もいない住宅、荒涼とした被災地を寒風が吹きぬけます。言葉がありません。

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帰宅後、届いていたヒルデガルトのCDを何回も聴きました。

聴くたびに、浮かぶのは被災地の荒涼とした景色です。

幼い頃や学生時代、独身時代、結婚後・・・

音楽は聴いていた時代を彷彿とさせる力を持っています。

この後、このCDを聴く度に同じ情景が再現されることでしょう。
   

ヒルデガルト・フォン・ビンゲンは、1098年生まれ、女子修道院の院長、女預言者、

神学者、説教者、宗教劇の作家、伝記作家、言語学者、詩人、ドイツ薬草学の祖、

その上、女性作曲家、多才であることを超越した女性だったようです。

曲は素晴らしい珠玉の数々、オリジナリティに溢れた旋律、900年も前の作品とは!

シューマンがショパンを評して「諸君、天才だ、脱帽したまえ」、

同じ言葉を、そっくりそのままヒルデガルト・フォン・ビンゲンに送りたい。

ヒルデガルト・フォン・ビンゲンは、筆者の「作曲家一覧」の先頭に名前を登録します。

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2011年2月12日 (土)

FM・AM放送をパソコンに/CarryOn Music

雨漏りの修理屋のブログ

FM放送で録音したい番組がありましたのでパソコンへ取り込みます。

暫くラジオの録音をしていなかったので、すっかり取り込み方法を忘れています。

久しぶりに録音設定をしましたが、録音できずにアタフタしました。

ONKYO CR-70(CDチューナーアンプ) → ONKYO SE-U55GX(ADC) → パソコンへ繋ぎ

録音します。ソフトはバンドルの「CarryOn Music」を使用します。  

Onkyo4b

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CDチューナーアンプは、アンプとチューナー、CDプレーヤーが一体になったアンプで、

その昔はLPプレーヤーも組み込まれ、レシーバーと呼んでいました。

ADC(A/Dコンバーター)は、アナログ-デジタル変換回路(A/D変換回路)ともいい、

アナログ電気信号をデジタル電気信号に変換する電子回路です。

今回はONKYO SE-U55GXをADCとして利用します。

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CDをパソコンに取り込む場合は、Windows Media Player で簡単にできますが、

FM、AM放送、カセット、LPレコードの取り込みは、外部機材が必要になります。

ラジオ放送をパソコンに取り込む方法はイロイロありますが、日頃CDチュナーアンプから

FM・AM放送を取り込みます。CDチューナーアンプにはアンテナからのケーブルが接続して

ありますので、ノイズの少ない綺麗な音をステレオで受信することができます。バーアンテナの

ラジオはFM受信が不安定ですから、パソコン取り込みには使用しません。(ラジオずき)  

   Cr70  
               ONKYO CDチューナーアンプ 

   Audio9
               ONKYO CDチューナーアンプのバックパネル、入出力端子

ONKYO CR-70はリアパネルにアナログの外部出力端子がありません。フロントパネルに

ヘッドホーン端子はありますが、これはインピーダンスの関係で使いたくありません。

そんな時、リアパネルのカセットデッキ(TAPE)入出力端子を使用します。(上図参照)

入出力端子の「REC」端子を使います。この端子はカセットデッキの録音に使用する端子で、

チューナーアンプでCDやFM・AM放送を聴いているときの信号が常に流れています、

この端子を利用します。もう一方の「TAPE PLAY」端子はカセットデッキを接続したときに、

カセットデッキから信号が流れてきて、カセットの音楽をチューナーアンプで聴くための

端子ですから、間違えて「TAPE PLAY」に接続したら録音はできません。

ONKYO CR-70に限らずCDチューナーアンプやアンプ+チューナーを使っていて、

アナログ外部出力端子がない場合に、REC(TAPE REC)端子は便利に使えます。

この端子とSE-U55GXのライン出力端子をRCAピンケーブルで繋ぎます。

SE-U55GXの「UP USB」端子からパソコンへはUSBケーブルで繋ぎます。

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1、接続が完了したら、CDチューナーアンプの電源をON、ラジオを聴きます。
  そして、SE-U55GXのスイッチをON、入力切替スイッチを「LINE」にします。

2、バンドルソフト「CarryOn Music」を起動し、DISKパネルの入力を「LINE」にします。

   Onkyo3

3、操作パネル左下のレンチマークの「SETTING」をクリックします。「ライン入力録音」タブが
  開いていますので確認、必要に応じて変更します。

4、続いて「保存」タブを開きます。録音したファイルの「保存先」を指定します。
  保存は録音ソフト内で記録し編集したファイルを指定したフォルダ(保存先)に入れます。

5、次に取説には書かれていませんが「録音デバイス」の確認です。
  「録音デバイス」が「SE-U55GX Audio」になっていないと録音できません。
  「SE-U55GX」からの信号をパソコンに録音するように「CarryOn Music」に指示します。
  「SE-U55GX Audio」の選択は、SE-U55GXのスイッチをONにしてないと表示されません。

         Onkyo2

  ※ これらのセッティングは録音前に毎回必ず確認します。

6、これで録音できますが、LINE入力の場合は録音レベルの調整が必要です。    

Audio7   0560261

  録音レベル調整はSE-U55GXの「INPUT LEVEL」で調整します。
  録音インジケーターの振れが大きすぎると音が歪みますし、振れが小さすぎると音が
  貧弱になります。
  特に周波数レンジの広いクラシックの録音はレベル調整に苦労します。
  何回も録音再生して適切な音量レベルを決めます。
  音楽によっても、原音の録音状態によっても違う、クラシックだけでなくポピュラーでも
  曲によって、放送局によっても入力レベルの動きが大幅に違います。

 Audio10 Audio8
    適度な入力レベル               過大入力、再生音が歪みます

  録音時インジケーターをジーと見ているわけがないのと、CDに録音して売り出す
  わけではないので、入力調整は自動で、コンプレッサーやリミッターを付けてもらえば
  助かるが・・・、デジタル音源だとレベル調整が自動になるようです。

7、録音が終了しても「SAVE」をクリックしない限り保存されません、
  「NEW」をクリックすると保存する、保存しないというメッセージが出ますので、
  保存しないをクリックすれば何回でも練習できます。
  録音後、イラナイ部分をカット編集し必要な部分を保存して終了します。
  急いでいるときは、まず「SAVE」で保存をしておき、後で編集することもできます。
  個人で使うには充分なアルバムができます。 

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SE-U55GXとバンドルソフト「CarryOn Music」は便利な組み合わせで、FM・AM放送以外、

カセットからパソコンへ、LPからパソコンへと簡単に取り込むことができます。

特にカセットは思い出が詰まったカセットが沢山ありますので、まだまだ、パソコンへの

取り込み完了には、十年はかかります。巷で言われるほどカセットテープは劣化していません。

カセットテープを優れた音で聴くなら、カセットデッキに直接ヘッドホーンを繋いで聴くのが

最良です。カセットデッキは扱いが煩わしいので、音は犠牲にして、便利なのはパソコンに

入れることです。LPレコード、カセットテープ、オープンテープなど、概して扱いが煩わしい

モノのほうが音は良好です。カセットテープのブログは・・・

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今回久しぶりにFM放送を録音して、録音の楽しさを再確認しました。

それは、再生したときの音です。音量を上げると小さくノイズが浮き上がってきます。

CDでノイズの無い時代になって、LP、カセット、オープンテープ、FM・AM放送にしても

少量の「パチパチ・シャー・ブーン」というノイズは、本来人間には必要なんじゃないかと

考えてしまう。長いことそんな環境で聴いてきたからか、不思議と安心感があります。

しかし、電源ノイズは別物です。

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次回は、これも久しくしてないんですが、パソコン内に保存してある音楽ファイルを

パソコン → ONKYO SE-U55GX → ONKYO CR-70の流れでCRー70接続のスピーカーで

聴くいてみたいと考えています。  続きはコチラをクリックしてください。

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2011年2月 5日 (土)

13人で作曲したレクイエム

雨漏りの修理屋のブログ

ジョアキーノ・ロッシーニ(1792年2月29日 - 1868年11月13日)は、イタリアの作曲家。

「セビリアの理髪師」や「ウィリアム・テル」などのオペラ作曲家として知られています。

チョット風変わりなミサ曲(レクイエム)があります。「ロッシーニ追悼レクイエム」です。

ロッシーニは1868年11月13日に亡くなりますが、ロッシーニを敬愛していたヴェルディ

(1813年10月10日 - 1901年1月27日)はロッシーニの亡くなった僅か4日後の11月17日、

次のような提案をイタリアの出版会社「リコルディ社」に行います。

イタリア全土でロッシーニに追悼の意を表すため、ロッシーニの一周忌に捧げるレクイエムの

演奏を行う。その曲「ロッシーニ追悼レクイエム」は、イタリア人の作曲家が一曲ずつ分担して

共同で作曲する。作曲及び演奏はすべてイタリア人で尚かつ無報酬、演奏はボローニャの

サン・ペトロニオ教会でおこなう、その後スコアはボローニャ音楽院に保管し、ロッシーニの

命日以外は演奏しない・・・などというものです。リコルディ社はヴェルディの提案を受け入れ

リコルディを事務局長とする委員会が発足し、詳細な計画が出来上がります。

  Rossini  Verdi
   ロッシーニ                   ヴェルディ

ヴェルディの呼びかけに応じた作曲家は、当時のイタリア人作曲家12人です。

作曲家の中に当時ヴェルディと親交があったであろうポンキエッリやボーイトの名前が

見あたりません。ヴェルディ以外は未知の作曲家で、つぎはぎ細工になることは

ヴェルディは百も承知、しかし、こうして集まったイタリア人の協力の成果がロッシーニに対し

深い意義があると考えていたのではないでしょうか。ヴェルディ自身「彼らの一人一人が

如何に天才であろうとも個々の音楽が如何に良く書かれていようとも、全体として様式の

統一も、性格も、まとまりも欠けた作品に終わるだろう」と言っていたようです。

作曲の完成期限は1869年9月15日に決まり計画は順調に進みます。ところが初演直前に

合唱団とオーケストラが無報酬に対して拒否を唱えました。

憤慨したヴェルディは計画を中止、以来この曲はお蔵入りとなりました。

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作曲されて120年後の1988年、始めての演奏をヘルムート・リリンクが行ったDVDがあります。

そういうことを考えながら聴く「ロッシーニ追悼レクイエム」は素晴らしいレクイエムに

仕上がってがっていると思います。一度お聴きになることをお勧めします。

「ロッシーニ追悼レクイエム」は、「ヴェルディのレクイエム」成立のキッカケにもなっています。

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「ロッシーニ追悼レクイエム」はパソコン内の音楽ファイルを整理しているときに出て来ました。

完全に忘れ去っていた作品で、前回聴いたのが何年前か思い出せないくらいです。

フォルダに放り込んでおくだけでなく、シッカリ整理整頓しておかないといけない。

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第1曲 レクイエムとキリエ(アントニオ・ブゾッラ)

第2曲 ディエス・イレ[怒りの日](アントニオ・バッジーニ)

第3曲 トゥーバ・ミルム[くすしきラッパの音](カルロ・ペドロッティ)

第4曲 クイド・スム・ミゼル[あわれなる我](アントニオ・カニョーニ)

第5曲 レコルダーレ・イエズス[思い給えイエスよ](フェデリーコ・リッチ)

第6曲 インジェミスコ[我は嘆く](アレッサンドロ・ニーニ)

第7曲 コンフタティス[判決を受けたる呪われし者は](ライモンド・ブシュロン)

第8曲 ラクリモーザ [涙の日なるかな]アーメン(カルロ・コッチャ)

第9曲 オフェルトリウム[奉献誦](ガエターノ・ガスパリ)

第10曲 サンクトゥス[聖なるかな](ピエトロ・プラタニア)

第11曲 アニュス・デイ[神の子羊よ](ラウロ・ロッシ)

第12曲 ルックス・エテルナ[久遠の光が](テオドゥーロ・マベッリーニ)

第13曲 リベラ・メ[我を救いたまえ](ジュゼッペ・ヴェルディ)

  5476   Verdi_muti
  リリンク/ ロッシーニ追悼レクイエム      ムーティ/ 聖歌四篇 

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ヴェルディと言って忘れてはいけない、ヴェルディと言えば必ず思い出す作品があります。

オペラではありません。最晩年の作品で「聖歌四篇」という作品です。

1、アヴェ・マリア  2、スターバト・マーテル 3、聖母マリアへの讃歌 4、テ・デウムの

4曲です。ヴェルディは最初から4曲を一つの作品として考えていたわけではないが、

4楽章の曲のような統一と効果を生み出しているようにも聴こえます。

ライナーノートには、「大家ヴェルディの最晩年の円熟した技法と信仰の心情を

映し出す音楽として、かけがえのない意義と価値を帯びるのである」・・・同 感。

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2011年1月 4日 (火)

CD洗浄とカール・リヒター没後30年

雨漏りの修理屋のブログ

今年もNHK・FMのバイロイト音楽祭を聴いて年末を過ごそうと考えていました。

前夜祭「楽劇“ラインの黄金”」を聴いて、ヤッパリ、ワーグナーは長い。

この後3日間、締めて夜間12時間、神経がモタナイ。去年全曲聴いたから今年は止めよう。

暮れから正月はバッハで過ごそう。

レコード(LP)をかけるには儀式があるので、手間がかかる、CDで聴くことにします。

世俗カンタータは年内に聴いたので、協会カンタータを聴くことにしよう。

協会カンタータもあるだけ聴いても数十枚あるので長いことは長い。 

Cimg9414_2
  左は協会カンタータ集              右は世俗カンタータ集

協会カンタータ(BWV:139/26/116/130/70/140/80/106/92/126/23/1/182/

158/4/6/67/100/8/96/5/56/180/38/55/115/60)を立て続けに聴いた後、

何故か「マタイ受難曲」(BWV244)が無性に聴きたくなって、古楽器の演奏を聴いたが

途中で中止、古楽器は何度聴いてもなじめない、この音は安らぎを与えてくれない。

カール・リヒターとミュンヘン・バッハ管弦楽団の58年物を取り出す。ヤッパリこれだ!

信じがたい事ですがリヒター32~33歳頃の録音です、まごうことなき天才です。

リヒターの69年東京文化会館も思い出深く、1979年のリヒター再録、そしてメンゲルベルク/

アムステルダム・コンセルトヘボウ1939年物は時代背景を含めて聴きたい。

クレンペラー/フィルハーモニア管弦楽団も捨てがたい選択。結局全部聴く。
  

   この時すでに2011年に突入、新しい年神様が降りられている。

 

この際だから「ミサ曲ロ短調」も聴こうかと、ジュリーニ好きとして1994年の八十路盤/

バイエルン放送交響楽団の録音を聴く。コルボ/ローザンヌ室内管弦楽団もついでに。

終わりは61年物のリヒター盤に戻らざるを得ない。   

 Sl500a  A300a_2
  左:リヒター「マタイ受難曲」   右:ジュリーニ「ミサ曲ロ短調」
   

ついでに次ぐついでとして、久しぶりに「クリスマス・オラトリオ」(BWV248)も聴いておこうと、

リヒターの1964年ミュンヘン・バッハ管弦楽団のCDを開けたところ・・・驚きました。

CDは3枚組、2枚目と3枚目の間に緩衝材として、スポンジのようなモノが入っていますが、

そのスポンジが劣化してボロボロ、尚かつ、ボロボロになったスポンジの一部がCDに

コビリ着いて取れない。ケース内の穴からスポンジの入っていないCDのレーベル面に

スポンジの小片が落ちて付着している、不思議なことにケースには付着しない。

そこで、以前紹介した「CD洗浄」をしても、付着跡がハッキリ残る。

CDに溶剤やアルコールは使いたくない。音に影響はないようなので我慢しよう、

  Cimg9416a
 左:「ヨハネ受難曲」の中にあるスポンジ、右のCDにコビリ付いた跡がある。(洗浄後)

        Cimg9256
上の写真のスポンジを強くはぎ取ろうとすると、このように小さくボロボロに取れる

  Cimg9260a
「マタイ受難曲」のCD、NO2、NO3間に入っていたスポンジが劣化してコビリ付いた跡が残る (洗浄後)
  

他にも組み物のCDがあるのでチョット調べたところ、同じリヒターの

「ヨハネ受難曲」(BWV245)が被害に遭っていました。他は調べる気もしない。

大切な商品が傷物になるような緩衝材を入れてはいけない、厚手の紙でいいのに。

「ARCHIV」は余計なモノを入れてくれた。よかれと思って入れたのだろうが、

「与話情浮名横櫛」ではないが「情けが仇」となった。
   

NHK・FM放送(名演奏家ライブラリー)で知ったのですが、2011年はカール・リヒターが

没後30年を迎えます。バッハ以外でも素晴らしい演奏を残しているカール・リヒター、

今年は天才指揮者カール・リヒターの演奏を聴く機会が増えそうです。


   

2010年2月 1日 (月)

電源ノイズ対策と音楽談義

雨漏りの修理屋のブログ

<音楽談義-小林秀雄、聞き手・五味康祐>

小林氏といえば文芸評論家、日本の近代批評の創立者であり、音楽にも造詣が深く

バイロイトまで「指輪」を聴きに行ったほどの音楽通。

五味氏は今年の12CHテレビ東京の正月恒例時代劇「柳生武芸帳」の原作者、

「五味の柳生か、柳生の五味か」と言われたほどの作家である。

その上、五味氏は作家以上と言って良いほどの音楽・オーディオ探求者、

それもナマクラなオーディオ評論家・音楽評論家ではマルデ歯が立たない。

ご自分のオーディオと音楽に対する確固とした信念をお持ちの方で、

五味氏の「西方の音」「オーディオ遍歴」「天の聲」などを読んでみると、・・・オドロク。

ステレオサウンド誌には「五味・オーディオ巡礼」を連載、おもしろく読ませていただいた。

この二人の対談なのだから、放ってはおけない、ということで当時購入した。

オーディオ誌「ステレオサウンド」創刊間もない頃にSS誌に掲載されたものを

対談部分を抜き出して単行本にして発売したのではなく、録音した対談そのものを

カセットテープにして昭和62年販売したカセットブックである。

         Image009  

カセット2本、2時間半近くかかる。この対談は、昭和42年3月鎌倉・華正樓で行われた。

昭和42年当時の対談であるが、充分現在に通じ、その上考えさせられる内容である。

スタジオ録音ではないので内容は聴きづらい。対談内容を要約した解説書があるので

何とかわかる程度の録音。その上ご両人は酩酊状態、廻りで子供が騒ぐ、

食器の音が飛び交う、隣席の音が飛び込んでくる、とんでもない録音だが内容は濃い。

音楽や再生装置に造詣の深いご両人の、当然食い違う再生音楽に対する

深いご見識を伺うことが出来る貴重な資料と考えている。

再生装置を追求してやまない五味氏と、再生装置ナンゾは何でもイイと言われる小林氏。

(当時の小林氏の再生装置も相当なモノだったらしい、五味氏といえば御存じオートグラフ)

小林氏の言われる「生の音なんて存在しない」、といわれたのには考えさせられた。

このテープでは話の内容に沿った音楽を短時間だが収録している。対談は聞きづらいが

音楽は非常に綺麗に収録されている。その中で最も興味をそそられる2曲、

①ベートーヴェン、Vn協奏曲、Vnはフリッツ・クライスラー、指揮はレオ・ブレッヒ、

ベルリン国立歌劇場管弦楽団、(英IMV DB-993 1927年電気吹き込み)である。

素晴らしい演奏で、特に第二楽章の美しさたるや比類がない。

クライスラーのVnが度を超えた表現力で唄いに唄う。

私は時々復刻盤のLPを取り出しては酔っているが、収録されているモノよりノイズが多い。

②ワーグナー、ジークフリートの葬送行進曲、指揮:フルトヴェングラー、

ベルリンフィルハーモニー管弦楽団(独ポリドール67054 1933年電気吹き込み)

これも一聴の価値がある。残念ながら、これは復刻盤LPがない。CDで聴いている。

※ カセットに収録されている音楽はすべて当時のオリジナル盤を使用したようである。
   1927、1933年の収録年を考えるとトンデモナク綺麗に収録されている。

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昭和62年ナドという古い話を何故今頃持ち出したかは、以下のような理由による。

このカセットテープは時々聴きたくなるが、カセットテープの状態だと不便なので、

パソコンのHDDに入れようと思い,音楽ではない対談なので、ラジカセでイ~カと

ラジカセ→ONKYO:SE-U55GX(DAC)→パソコンと繋げてみたが、録音されたモノが

ノイズが多くて聴きづらい。パソコンのコンセントと違うコンセントを使ったり、

ラジカセを換えてみたがノイズがおさまらない。明らかに電源ノイズだ。

仕方がないので、壁コンセントにフローティングトランスを繋ぎ、

ラジカセをカセットデッキ・SONY「TC-K555ESR」に交換してみる、

(壁コンセント→フローティングトランス→カセットデッキ→DAC→パソコン)

すると、見事にノイズが消え綺麗に録音された。こんな場合フローティングトランスは大変便利。

元来医療機器や計測器に悪影響を与える電源ノイズをカットするために作られたモノらしいが

自宅オーディオルームでは常備フローティングトランスと200V用バランス型絶縁遮蔽トランス、

家庭用の電源から純粋な電気を再生産するレギュレーターを20年ほど前から使用している。

家庭用電源は最悪の状態、近所の工場、工事現場、ネオン、電波塔、ナドがある場合は

電源自体がノイズに侵されている、家庭ではインバーターエアコン、蛍光灯、調光式照明器具、

パソコン、電子レンジ、冷蔵庫、ナドナドナド、電源ノイズは垂れ流し状態。

電源ノイズは目に見えないので専門屋にオシロで測定してもらわないと理解できない。

電源ノイズが少量だと気にならないが、一定量を超えると今回の録音のように悪さをしてくる。

今後電源事情が良くなる可能性はない、音楽や映像が影響を受けることは必至。

電源ノイズカット製品は現代の必需品かもしれない。

 Image010   Tck555esr

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追記 2011/5/13

カセットテープを沢山所有しているが、カセットデッキがない、ラジカセもない人が

カセットを聞きたい、音源をパソコンに入れたい、そんな人に朗報かもしれない。

サンコーの「USSW175A」で、非常に安価です。安価であることは余計な回路が

入っていないはずです、中途半端な回路は音質に悪影響を与えます。

そして、この製品の一番の利点は電源が乾電池であることです。上記で問題にしました

電源ノイズの心配がありません。力感不足かも知れませんがクリアーな見通しのイイ

音が聞けますし、電源ノイズの無い音質でパソコンに取り込めます。

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       参考資料      高齢者のオーディオ

2010年1月29日 (金)

人類の秘宝!リュート組曲

雨漏りの修理屋のブログ

久しぶりにNHK FM放送「クラシックカフェ」で<バッハのリュート組曲>を聴いた。

以前もブログにハイドンの件を書いたが、無駄に年を重ねてくると、体質が変わり、

こういう曲が肌身に染みるようになる。ありがたいことだ。

若い頃はソレホドまでに感じなかったが近頃とみに感じるようになった。

① リュート組曲 第1番 ホ短調 BWV.996 <1710年~1717年頃>

② リュート組曲 第2番 ニ短調 BWV.997(原曲はハ短調)<1740年頃>

③ リュート組曲 第3番 イ短調 BWV.995(原曲はト短調)<編曲1727~1731年頃>
   無伴奏チェロ組曲第5番をバッハ自らリュート用に編曲したもの

④ リュート組曲 第4番 ホ長調 BWV.1006a<編曲1735年~1740年>
   無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番をバッハ自らリュート用に編曲したもの

<ヨハン・セバスティアン・バッハは1685年3月21日生誕、1750年7月28日没、享年65歳>

リュートは古い楽器で、現代はギターで演奏されることが多い、訥々と語りかけて来る様は、

タトエバ、語り部が昔話を聞かせるような、いつの間にか物語の中に引き込まれてしまう、

バッハのリュート組曲はそんな曲である。

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バッハのリュート組曲は音楽誌でも見落としがちな、片隅にちょこんと掲載されているような

とりわけ持て囃される曲ではない。下手をすると忘れ去られてしまいそうな曲である。

音楽誌の「名曲名盤100選」、「不朽の名盤1000」にも登場しない。ヤット見つけた、

「不滅の名盤800」に一枚、なんと1/1900。「作曲家別・バッハ名曲解説」においても

全550ページのうち、リュート組曲は5ページのみ、そのくらい地味な曲である。

しかし、何度か聴くうちに、押しつけがましさや、大向こうを唸らせるようなトコロのない、

端正で優雅なたたずまい、気品に満ちた素晴らしい曲であることに気が付く。

バッハ自身も好んでリュートを弾いたとか、いやバッハは弾けなかったとか、いずれにせよ

バッハの遺品にリュートがあったことを考えると、リュートは弾いたのではないだろうか。

1日のお勤めが終わり自室に戻るバッハ、リュート組曲の譜面に筆を入れながらつま弾く、

自室でバッハを慰めてくれるのは、オルガンでもなく、チェンバロでもなく、リュートだ。

深夜神経を研ぎ澄まして聴くと、バッハが自身に問いかけているような声が聞こえる。

晩年には目の衰えをきたし作曲を中断したこともある。それでも作曲し続ける。

前述の「音楽の友社・バッハ名曲解説」によると、

「バッハの晩年は、時代の趣味の変遷のために不遇であつたことは確かだ」、とあるが、

それでも賢明に生き続けることの、つらさ、苦しさを、この曲の中に聴くことができる。

時代は変われど、いつの現代も同じなんだと、優しくリュート組曲は教えてくれる。

生涯譜面に筆をいれていたとすれば、バッハは天国まで持って行こうとしたのだろう。

絵画でいえば、ラファエロが涙を流して見た、といわれるダ・ヴィンチの「モナリザ」のように

死ぬまで筆を入れる、ダレにも売らない絵、天国まで持って行く。

彼がいない今「モナリザ」は、全人類の秘宝となる。

リュート組曲は同じように人類の秘宝だと思っている。

はたして芸術家でない私に天国まで持って行くモノがあるだろうか。


2010年1月19日 (火)

想像を絶するほど美しい曲

雨漏りの修理屋のブログ

バッハ誕生の103年ほど前、イタリアにグレゴリオ・アレグリ (Gregorio Allegri) という

作曲家・司祭が誕生した。彼は天上から聞こえてくるような美しい音楽をつくった。

曲名は「ミゼレーレ」、<神よ、私を哀れんでください>の意味らしい。

文豪「ゲーテ」も「メンデルゾーン」も<想像を絶するほど美しい>と大絶賛している。

この曲はモーツァルトとのエピソードでも有名。モーツァルトがアレグリの時代に

いるわけがない。アレグリからモーツァルトまでは174年待たなければならない。

ローマ教皇庁はこの美しい曲「ミゼレーレ」を門外不出とし、複写を禁じた。

ライナーノートによると、復活祭に先立つ聖週間の水曜日から金曜日にかけて

システィーナ礼拝堂(ローマ法王の居城)で行われる典礼でしか聴くことが出来ない。

何時行っても聴けるわけではない。

この「ミゼレーレ」を初めてシスティーナ礼拝堂から世間に出した、

スナワチ、外部に初めてリークしたのが(異論はあるが)モーツァルトと言われている。

ローマ訪問中の14歳のモーツァルトは、この曲を聴きに出かけ、記憶をもとにほぼ完全に

書き写したらしい。門外不出だから礼拝堂で聴きながら譜面に書き込むのはマズイ。

宿に返ってホボ完璧に「ミゼレーレ」の譜面をおこしたらしい。

天才だから、このくらいのことは出来るだろう。デモCDで聴くと12分31秒ある。

聴いただけで全部覚えたの? 14歳で! ヤッパリ・スゴイ。

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モーツアルトが出て来たので、彼の「アヴェ・ヴェルム・コルプス」K.618は、

天上的であるということについては、雰囲気が似ているような気がする。

モーツァルト最晩年のモテットで、相当健康を損ねていた時期の曲である。(6/11)

その約6ヶ月後(12/5)、有名な「レクイエム」作曲途中でモーツァルトは世を去る。

精神的にも肉体的にも大変な時期の作品であるが、そんなことは微塵も感じさせない曲を

書けるのは、ヤッパリ天才のなせる技、・・・それでいて<想像を絶するほど美しい>。

歌詞は非常に残酷なもの、この歌詞から最悪の最晩年に、この曲が生まれたことが奇蹟。

音楽誌評で「心からの祈りと音楽の美しさが分かちがたく結びついた最晩年のコノ曲は

合唱の「うまさ」などを超越したところで歌われ、聴かれる曲なんだろう(佐々木節夫氏)

・・・同感。だからこそ理想的な再現はむずかしい。小品であるが名作。ピリリと辛い。

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「ミゼレーレ」のCDはタリス・スコラーズが好み、パレストリーナの「教皇マルチェルスのミサ曲」が

カップリングされている。   B0063958_22115048

「教皇マルチェルスのミサ曲」も曰く付きの曲で、システィーナ礼拝堂で「ミゼレーレ」と

同じように演奏され続けてきた。

ローマ教皇庁カラすれば、コノ2曲は特別な曲として大切に現代まで継承してきたようだ。

CDは収録時間に余裕があると、メイン曲に関連性のある曲をカップリングすることがあるが、

そのへんを考えると、タリス・スコラーズのCDはマコトニ上手なカップリングである。

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               Large_50

ウィキペディアによると「グレゴリオ・アレグリはカストラートだったと伝えられており、

したがって本ページの肖像は別人の可能性がある」・・・オヤ?

・・・何故だ?

・・・「通常、去勢された男性にはヒゲが生えない」

・・・ナルホド、知らなかった。

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2010年1月16日 (土)

作曲家一覧の自作

雨漏りの修理屋のブログ

いつから始めたのかは定かではないが、聴いた曲の作曲家の年代表を作ってる。

パソコンを始める前に手書きからだから、20年以上前になるだろう。

全くの自分流の年代表である。何も特別なものではなく、ゴク簡単なモノ。

色分けもその時々で変わる。また別に好みの演奏家の一覧も作っている。

   コンナ年代表をつくっています。「chronological_table.pdf」をダウンロード  

パソコンを始めてからは、エクセルで増やしたり訂正が簡単にできるので重宝している。

ネット内には沢山の作曲家一覧があるが、あくまで自分が聴いた曲の作曲家一覧表なので

参考にナラナイ。自作一覧表に作曲家が増えることはあるが減ることはない。

訂正はショッチュウやっている。パソコン以前は資料のほとんどが音楽解説書だった。

今でも参考にするが圧倒的にネットが早く便利。一覧表は曲を聴く場合必ず見る。

その作曲家の生誕時期の前後にはどのような作曲家が生まれているか、

ダレから影響を受けているのか、影響を受けた人との年齢差、地域差。

これも音楽を聴く喜びの一助となる。この他にも単なる一覧表というだけでなく、

ネットの時代になると縦横無尽に発展するからオモシロイ。

例えば、一覧でモーツアルトを見ていたら/ヴァイオリン協奏曲/演奏:ジャック・ティボー

と浮かんできたので聴いてみる。ティボーといえばフランコ=ベルギー派の代表格。

LPの裏書きにエネスコやカール・フレッシュのティボー賛が書いてある。

カール・フレッシュといえば教育者で有名で門下に、ヨーゼフ・ハシッド、イダ・ヘンデル、

ジネット・ヌヴー、ヘンリク・シェリング、イヴリー・ギトリス、・・・といるがシェリングがいる。

シェリングといえばバッハの無伴奏を聴きたくなる。厚生年金会館での演奏会が浮かんでくる、

また、ヌヴーのブラームスVn協奏曲、ヘンデルもイイ、・・・などと果てしない思いが続く。

別の日には、ルクレール→ヴィオッティ→ヴュータン→ヴィニャフスキー→イザイ→エネスコ

と続く、フランコ=ベルギー派のなかでも特にグリュミオーは大好物、

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エネスコ門下のユーディ・メニューイン、アルテュール・グリュミオー、クリスチャン・フェラス、

イヴリー・ギトリスと続くようだが、イザイとエネスコの繋がりが見つからない。

あくまで繋がりが技術の伝承とすれば、直接指導を受ける必要がある。

この件について時折思い出したように調べているが解決していない。

ユーディ・メニューインがでたのでフルトヴェングラーとのベートーヴェンとブラームスの

ヴァイオリン協奏曲は好き・嫌いでなく、良い・悪いでなく、一言「スゴイ」。

こういう演奏は数年に一度聴いて・・・ヤッパリと思うようにしている。

今一覧には150名以上の作曲家が記載されている。作曲家により違いはあるが

一人200曲書いたとして、30000曲、生涯どれくらいの曲を聴くことが出来るだろうか。

自作一覧表を見ていると曲を聴いていなくても、このように果てしなく想像が拡がる。

2009年12月30日 (水)

ワーグナーと石原裕次郎

雨漏りの修理屋のブログ

NHKはバイロイト音楽祭やザルツブルク音楽祭などを放送をする。

そのためにNHK放送受信料を払っている。コレを止めたら支払いは拒否する。

TVはほとんど見ないから無くてもイイ。ところで、NHKはFM放送開始40年になるそうだ。

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今年の暮れもNHK・FM放送はワーグナーの「ニーベルングの指輪」を放送した。

2009/7/27-28-30  8/1 ドイツ・バイロイト祝祭歌劇場での収録。

指揮はクリスティアン・ティーレマン、演奏バイロイト祝祭管弦楽団、歌い手は多数。

バイエルン放送協会提供というもの。(NHKは放送権を買っているのでしょう)

忘れるくらい久しぶりに4夜連続で全曲聴いた。PM9時から終了はAM2時頃まで。

24日クリスマスイブは前夜祭「ラインの黄金」、25日クリスマス「ヴァルキューレ」

26日「ジークフリート」、27日「神々のたそがれ」以上「リング4作品」・・・ヨカッタ~。

しかし、キツイ。ナガイ。28日「ニュルンベルクのマイスタージンガー」、29日「トリスタンと

イゾルデ」、30日「パルシファル」と続くが「リング」以外は聴く方も根性が入っていない。

28日「マイスタージンガー」に至っては夜中モーローとして「ココはドコ、私はダレ」状態。

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         (ワーグナーの写真  ジョン・ウェインに似てる)

リング4作品を続けて一気に聴くことは滅多にない。通常は1作品を聴くか、

1作品の部分を聴くかドチラかである。解説まで含めて全部聴くと14~16時間かかる。

体がモタナイ。ショルティ、フルトヴェングラー、ベーム、カラヤンなどの全集、

クナッパーツブッシュの「ヴァルキューレ」などLPやCDでもほとんどバラバラに部分的に

聴くことが多い。忘れもしない18年前、NHKがTVで「ニーベルングの指輪」全曲を

放映してくれたのを録画して忘れていたが、何を思ったか真夏の日曜日早朝から

見始めてロクニ食事も取らず夜遅くまでヘトヘトになりナガラ見たのが忘れられない。

見終わって思ったのは♪♪♪♪♪ 「しばらくワーグナーはいらない」。

その後数年はワーグナーを聴かなかったと記憶している。

どんなに美味しい食事でも立て続けに腹一杯食べてはいけない。

二度と食べる気がしなくなる。腹八分目、暴飲暴食には注意。

映像付きのオペラ、VTR・DVDなどとも、食べ合わせがよくない、画像に集中してしまい

大切な音楽に集中できない。自分の頭の中にある映像とVTR・DVDの映像の差が

大きいければ大きいほど音楽は遠ざかる。総合芸術とは云うけれど。

録音もしなくなった。録音してしまうと安心してその後聴かなくなる。

一発勝負、放送時点で聴く。聴きもらしたのはアキラメル。

例外がヘンデルのアンセム、数十本のカセットをいまだに聴くことがある。

20?数年ほど前NHK FMで早朝に放送していたもので、近代楽器での演奏

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そんなわけで、27日今夜は「神々のたそがれ」を聴くんだ、と思いながら

昼過ぎ何気なくNHK AM第一放送を聴いたら「なんたって石原裕次郎リクエスト」。

4時間ぐらいの番組のうち半分ぐらい聴いてしまった。青春時代の唄が流れる。

裕次郎節が流れる。若い頃が走馬燈のようによみがえる。イイナ~。

30日夜NHK FM放送で村松友視氏の案内で「真冬の夜の偉人たち-フランク永井」を

1時間半ほど聴いた。「パルシファル」の直前である。どの歌を聴いても心に染みる、

イヤそんな生半可な言葉で言い表せるような簡単な感情の起伏ではない。

裕次郎・フランク永井、そしてワーグナーに酔いしれる。♧ ♧ ♧ 無節操である。

しかし、コレが自己流「音楽を楽しむ・音を楽しむ」。垣根はない。ただ楽しむだけ。

ちなみに、謡曲・端唄・長唄・小唄も嫌いじゃない。垣根はない。ただ楽しむだけ。

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ソウダ、FM放送で根性入れて聴かなかった「トリスタンとイゾルデ」を大晦日に再度聴こう。

カラヤン、バーンスタイン、ベーム、クライバーといるが、やっぱりフルトヴェングラーだ。

フルトヴェングラー、フラグスタート、ズートハウス・・・名人、上手に囲まれた贅沢な大晦日。

正月は「ニュルンベルクのマイスタージンガー」のほうが向いているかな。

年末年始は天才ワーグナーに感謝。正月はFMで「ニューイヤーコンサート」もある。

2010年はジョルジュ・プレートルが指揮をするようだ。クレメンス・クラウスに感謝。

これで腹八分目か?

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<音楽・オーディオの微妙な変化を言葉を駆使して表現することを放棄しています>

2009年11月29日 (日)

ハイドンの交響曲

雨漏りの修理屋のコラム

日曜日、家にいるときはNHK第1の皆川達夫氏「音楽の泉」を聴き、つづいて

NHK・FMの「20世紀の名演奏」を聴く。この習慣は永いこと続いている。

今日はアンタル・ドラティーのハイドン、リストとコダーイの曲が流れている。

久しぶりに聴くハイドンの交響曲は身に染みる。年を重ねるごとにハイドンの曲が、特に

交響曲と室内楽が好ましくなった。若い頃、交響曲ならベートーベン、ブラームス、ブルックナー、

マーラーなどなど好んで聴いていたが、何故かハイドンとモーツアルトは聴く気がしなかった。

マッタク聴かなかった訳ではないが、聴く機会は少なかった。50を過ぎたアタリから

何の違和感もなく自然にハイドンとモーツアルトの交響曲と室内楽を聴く機会が増えた。

若い頃ハイドントいえば、オラトリオ「四季、天地創造、メサイア」、「チェロ・オルガン・

トランペット協奏曲」、合奏協奏曲、室内楽ではop51の「十字架上の七つの言葉」、

教会音楽では特に「サルヴェ・レジーナ」などを好んで聴いたものだが。

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FM放送によるとアンタル・ドラティーのハイドン交響曲全集が出ているらしい。

今年はハイドン没後200年にあたり、アダム・フィッシャー指揮の全集も出ているヨウダが、

双方とも世界的に好評な売行きらしい。いずれにしても今時ハイドンの交響曲全集が

売れるなんてクラシックファンとしてウレシイ限り。全集を購入しても

続けてCD33枚聴く根性はない。一生聴かない曲もありそうだ。それでは失礼だ。

棚を調べてみるとLPやCDでハイドン交響曲がずいぶんある。

ホトンド全集分くらいはそろっている。そのときに良かったと感じたモノを購入しているので、

指揮者もオーケストラもバラバラ。ドラティーを筆頭にベーム、リヒター、バーンスタイン、

プレヴィン、アバド、カラヤン、クレンペラー、ワルター、トスカニーニ(1941・53年録音)、

そしてフルトヴェングラー(1951年録音)まで。マダ他にもあるだろう。

聴くときはモノラルだろうがステレオだろうがマッタク意に介さない。拘りがあるとすれば

スベテ近代楽器(モダン楽器)、流行りの古楽器のオーケストラ盤はない。

近代楽器である理由は「ホームページ」を見ていただきたい。

齢を重ねると体質も変わるらしい。味覚も変わった。音楽を聴く上でも変化が見られた。

体質が変わっても、古楽器に対する変化は無かった。

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<音楽・オーディオの微妙な変化を言葉を駆使して表現することを放棄しています>

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     参考資料     高齢者のオーディオについて考える

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